ピアソンで『知る』〜佐藤美波 (PC07−09)

世界100カ国からの生徒、200人が同じ場所で共に生活し、勉強する。紛争や差別、経済格差などまだまだ深刻な問題が山積みの現代に、そんな不思議な場所があるなんて誰が想像できるでしょう。数年前、「もしも世界が100人の村だったら」という本がベストセラーとなりましたが、UWCという場所はまさに世界中から集まった高校生達でできた小さな地球、あるいは村のようなとても“おもしろい”ところです。

「国際理解」を基礎に置き、それを毎日の生活の中で実践するというUWCの理念やシステムに魅力を感じたのはもちろん、それまで海外経験が一度もなかった私にとっては「外国」そのものが新鮮で輝いて見えました。将来、発展途上国の教育に関わる仕事がしたくて、日本だけでなく海外の教育も身を以って経験してみたいというのが、私のUWC受験のもともとの理由でした。そんなふうに夢にまで見たピアソン・カレッジですが、そこでの現実はやはり夢で終わってくれるはずもなく、言葉の壁と共にカルチャーショック、更に、日本での生活や習慣に慣れきっていた私にとって生徒主体の能動的な授業、はっきりとした自己表現など、全てがゼロからの出発でした。その過程で私はカナダや彼らの国・文化について学んだというより、むしろ「自分」という人間に向き合い、自身のアイデンティティーの真髄にある母国「日本」という国について真剣に見つめなおしたような気がします。

私が教育の分野に興味を持つようになったそもそもの始まりは、解剖学者である養老猛司さんの「『知る』ことは『変わる』ことである。」という言葉に出会ってからです。そのときに漠然と「『知る』ことで何かが『変わる』のなら、教育で世界を変えられるかもしれない!」と思いついたのです。もしもUWCに行かずに日本の高校で勉強を続けていても、私はたくさんの知識を得、日々変わっていったと思いますが、ピアソンでの「知る」は教科書を越えた日常生活の中から得たもののほうが多く、それらは頭ではなく、心で感じ自分のものにしていったように思います。例えば、セイリングボートから見た夕陽の美しさ、森の中の壮大な時間の感覚、授業中の活発な議論から見える彼らのバックグラウンド、夜遅くまでのおしゃべりの中で感じる彼らの価値観の違い、など・・・ピアソンでの体験全てが『地球ってこんなにおもしろい場所なんだよ!』と、私に訴えかけていました。

この夏、再び、ピアソン・カレッジへと帰ります。自分という一人の人間がこの地球という舞台でどれだけ活かされているのか分かりませんが、私はあのピアソン・カレッジという小さな小さな地球でもう1年、精一杯自分を表現し、“今”というこの瞬間に感謝しながら自分の夢に向かって前進していきたいです。