「ありのまま」 島 万世(PC04−06)

今年5月、私は2年間学んだピアソンカレッジを卒業しました。2年前、希望と期待胸一杯で日本を発ち、カナダ・バンクーバー島に到着した日の事を、今でも昨日の事のように覚えています。すべてが美しく輝いてみえた風景とは裏腹に、次の瞬間からは、もう現実の厳しさ、そして言いようのない不安を感じることとなりました。それは、「英語が全く聞き取れない。自ら話をすることも出来ない。」——会話に入れず1人どんどん取り残されていく状況でした。頑張ろうと向かってもそこには乗り越えられないような大きな壁が立ちはだかっているようで、私は無力感を感じながら自分の殻に閉じこもるようになってしまいました。何より自分が情けなく悔しくてどれ程ベッドで泣いていた事でしょう。

でも、そんな私にある1人の子が、毎日毎日話しかけてきてくれました。同じように英語を母国語としない国コロンビアからきた彼女でしたが、いつも積極的に仲間と関わり活動し、私のことまで気遣ってくれていたのでした。いつしか彼女は私にとってとても大きな存在となり、彼女の事を知りたい、彼女に私の事も知ってもらいたい、そして友達になりたいと思うようになったのです。この自然と湧いてきた感情が、私の態度を徐々に変えていくきっかけになりました。まずは英語を恐がらず、恥ずかしがらず、話してみよう。わからなかったらわからないと言えばいい、JAPANEASE SMILEで誤魔化さず、質問したらいい、無になって一生懸命一から学んでいこうと、そして何より自分の殻を破り、気持ちや考えを相手に伝え理解してもらう努力をしよう。やることは無限大にありました。

只、それは、口でいうほど簡単なことではありませんでした。ピアソンでは、習慣も常識も何もかも違う仲間と寝食を共にてしていく上で、基準が何1つなく、手探りで作り上げていかなければなりませんでした。ある程度英語に慣れて少しずつ自由に操れるようになったとしてもそれは言葉の壁がほんの少し取り払われただけで、自分を理解してもらい、相手の事を深く理解することとは、ほど遠いものでした。毎日毎日問題のない日はなく、仲間と話し合いをしていく中で、何度もぶつかり、どれほど傷ついたかわかりません。どうしたらいいのだろう・・・「やはり相手の国の文化や歴史、宗教、様々な価値観が違うのだから、理解し合うのは難しいのだ」と、どこか自分に都合のいいように考えあきらめてしまいそうになりました。

しかし、またも私を奮い立たせてくれたのはコロンビアの彼女だったのです。大切に思う彼女との関わり合いの中で大きく気付かせてもらったことがありました。それは、ある日、私がもう耐え切れなくなった自分の感情を彼女に思い切り正直にぶつけたときでした。今まで経験したことのない様な挫折感、屈辱感、劣等感、どれもこれもありのままの気持ちをさらけ出したのです。そんな私に彼女は初めて自分自身の抱えている悩みを、そして、今までどのような環境の中で、どんな思いをして育ってきたのか静かに語ってくれました。まさか、彼女が私と同じように自分の気持ちにもがき苦しみ、葛藤していたなんて・・・・・驚きと共に、自分の気持ちが一杯一杯でそんな彼女の思いに全くきづくことすらできなかった自分をとても恥ずかしく思いました。もうそこから私たちは、共に手を取り、抱き合いながら一晩中語りあいました。明け方には、2人共目を真っ赤に腫らしながらも、互いに笑顔で見つめ合い、笑い合っていたのです。このとき、彼女と私の距離はぐっと縮まり、心が自然と軽くなった気がしました。それは、同時に自分が臆することなくどんどんとみんなの気持ちの中に飛び込んでいけるという勇気をもらったときであったかもしれません。たとえ肌の色や生い立ちが異なっても人としての喜びや悲しみを分かち合うことが出来ることを、彼女が身を持って教えてくれたのです。そんな彼女と私は、今では互いに一番の理解者であり親友です。

ピアソンでのあっという間の年間。泣いたり笑ったり、私の顔は、百面相の様だったと思います。でも、その百通りの表情の1つ1つに思い出がぎっしり詰まっています。私にとってピアソンは私を生まれ変わらせてくれたまるで第二の故郷のようです。永遠に大切な場所であることを、きっと将来ますます実感するようになるでしょう。今年も又100名もの新しい仲間がピアソンにやってきます。私がそうであったように、彼ら1人1人もきっと素敵なストーリをつくり上げていってくれると信じています。どうか素晴らしい環境を自分のものにして帰ってきて下さい。最後になりましたが、の理念に賛同して私たちを送り出して下さった日本経団連はじめ沢山の会員企業の皆様に心から感謝して御礼申し上げます。本当に有難うございました。