ピアスの穴〜ヴネ(田中)時子(MC99−01)

マヒンドラで過ごした2年間は、70以上の国から集まった他の奨学生との出会いであるとともに、インドという国との出会いでもあったと思う。高校生の時、インドに留学していたというとよく驚かれるが、単身留学だったと言うと、もっと驚かれて必ずといって良いほどその理由を聞かれる。きっと、当時私を送り出してくれた日本の友達や家族も、この子は変わった子だと思うとともに、少なからず心配していたことだろう。

私が初めてインドに旅立ったのは、かれこれ10年以上前の話になり、その後も色々な場所に住んできたのだが、私のインド留学の話は、友人たちに特に強い印象を残しているようだ。その中で、今でもよく話に出るのは、私が日本に一時帰国したときのこと。私がピアスの穴をあけているのに驚いただけではなく、その中に木の枝みたいなのが入っていたという話だ。

私がマヒンドラにいたころは、課外活動で出かける場合を除き、キャンパスから出ることは基本的になかった。そんな中、週末にはキャンパスからプーナ行きのバスが出ており、時々それに乗って友達と町に遊びに行った。そんなある日、私は小さなアクセサリー屋さんでピアスの穴をあけてもらった。そして、消毒用にとオレンジ色の液体をもらい、その日からまめに耳たぶの消毒をするようになった。しかし、そのかいもなく私の耳は間もなく化膿して赤く腫れてしまった。

まわりの友人にも指摘されたため、健康体の私はほとんどお世話になることがなかったメディカルセンター(学校の保健室)に行ってみた。私の耳を見てすぐ事の次第を理解してくれた看護婦さんは、心配しないでと言って中庭に出て行った。彼女はそこに生えていた草を徐に折ってその小さな茎の破片を私にくれた。これを入れれば治るからと。

正直、今まで散々消毒してきてだめだったところにこんな荒治療で大丈夫なのかと不安に思ったけれど、郷に入っては郷に従えで思い切ってその茎をピアスの穴に入れてもらった。鏡に映っている枝入り耳たぶは痛そうというより滑稽だったけれど、驚くべきことに腫れはすぐひき、今でもピアスの穴は健在だ。

たかがピアスの話と言われてしまえばそれまでだけれど、この話は、当時、私がいかにインドという国そしてマヒンドラに慣れることに精一杯だったかそしてそのために日本人の感覚ではちょっと躊躇するようなこともやってきたということを物語っているような気がする。

位置がもう少し下だったら、と思うようなこともあるけれど、インドの自然に救ってもらったピアスの穴だ。マヒンドラの2年間で培った度胸と適応力とともに、これからもずっと私と人生を共にしてくれると思う。