マザーテレサの家〜山田理禾(MC98−00)

「高校でインドに留学する!ヨーロッパやアメリカには興味がない、インドに行きたい!」

私がそう思ったのは、中学生のときに母親とインド旅行に行ったときからだった。

母親と初めて訪れたインドには、日本では決して見ることのできない全く未知の光景が広がっていた。荷物を頭の上に載せて運ぶのが当たり前、道路の真ん中に牛が座っているのが当たり前、食事は手で食べるのが当たり前、女性はサリー(インドの伝統的な服)を着るのが当たり前・・・・近代化されすぎている日本とは違う一昔前にタイムスリップしたような世界、ゆったりとした時間が流れている世界だった。中学生の私は好奇心ひとつでそんな未知の世界に留学することを希望したのだった。運命的というか、偶然というか・・・

そんなことを思い続けていた矢先、ちょうど私がUWCの留学試験を受験した98年に経団連がインドに派遣する初の日本人奨学生を募集しており、幸運なことに私がその奨学生として選出されたのだった。

インドに留学していたと人に言うと必ず聞かれる。飲む水とか食べるものとかはどうしていたの?どんな家に住んでいたの?と。他の人が抱くイメージとは全く逆で、マヒンドラカレッジでの生活はとても快適だった。水はきれいだし、家も新しいし、カフェテリアにいけば食事もある。しかしながら、カレッジの外は、貧困に苦しむ人々がたくさんおり、正に別世界であった。悪くいえば、私たちは外の世界を無視した呑気な生活を送っていたのかもしれない。でもポジティブにいうと、普段は自分たちの生活の心配を全くせずに勉強に励んでいたからこそ、一歩カレッジの外に出たら真のインドを体験することに全力を注ぐことができたのだと思う。

真のインドと向き合うという意味で最も心に残っている体験は、二年間毎週通い続けたマザーテレサの家でのボランティア活動である。マザーテレサの家には、親に捨てられてしまった恵まれない子供たち、体に障害のある子供たち、帰る家がないご老人などいろいろな人々が暮らしていた。通い始めた当初は共通の言葉は話せないし、どのように交流したらよいか全くわからなかった。でも、毎週毎週、顔をだし、ジェスチャーや絵を描いて会話をすること、子供たちと一緒にボール遊びをすること、ご老人にマッサージをしてあげることなどを続けることで、人々がだんだん心を開いてくれるようになった。二年間通い続けて、人々の生活を根本的に改善させるような大きなことは全くできなかったけれど、笑顔で過ごせる幸せな時間を一緒に作れたのではないかと思う。最後に家を訪れたときに、私が一番仲良くしていたおばあさんが涙を流してくれたことが今でも忘れられない。

私は、途上国支援のためにお金が必要だということはもちろん認めるけれど、何よりも大切なのはそこに生きている人々と直接交流をすること、人々を少しでも理解することであると強く感じた。国も生きてきた環境も全く違う人々とコミュニケーションをとることは短期間ではなかなかできないことだ。インドに長期留学をして、何不自由ないカレッジでの生活を送っていたからこそ一生懸命にマザーテレサの家の人々と向き合うことができたのだと思う。

マヒンドラカレッジを卒業して9年が経った。情けないことに、大人になった今、あの時と同じように、インドに行って仕事をする、ボランティアをするということはそう簡単には決心できないことだ。好奇心の強い高校時代に、何の心配もなくインドに留学したことはまさに一生に一回しかないチャンスであり、私の個性や考え方に大きな影響を与える経験であったと思う。

留学前に読んだ本=マザーテレサの本

インドに行ったら

カレッジは外の社会とは隔離されている

安心 居心地よい

でも外の社会のことも忘れてはいけない