母国に貢献できる人材となるべく~伊関之雄

「ダンスダンスレボリューション知っているよね?」(ルームメイトのアメリカ人)
「もちろん知っているよ。」(私)
「だよね。今パソコンゲームをやっているんだけど、日本人は全員うまいんでしょ」(ルームメイトのアメリカ人)
「そうだね・・・(そんなわけないでしょ)」


日本を飛び出して、ニューメキシコ州の標高2,000mのロッキー山脈中腹にあるUWC-USAに一歩踏み出した瞬間に、初めて挨拶をしたルームメイトのアメリカ人と出会った直後の会話である。当初は、「なんと大きな勘違いをアメリカ人は持っているのだ」と憤りを感じていた。しかし、ルームメイトのアメリカ人は、異国の地から緊張して入学してきた後輩の私に対して日本人でも理解できる共通の話題である「ダンスダンスレボリューション」の話題をふったのだと思う。

アメリカ人ルームメイトとの会話の中では、当初は憤りを感じていたものの、2年間のユナイテッド・ワールド・カレッジ(UWC)生活を通して、UWCコミュニティーの中で唯一の日本人として、日本に関係する事柄については、もちろんのことながら一番多くを知っている必要があり、さらには歴史認識や宗教問題に関して多国籍の同僚と議論を行った時に、私見を述べると同時に、日本人としての立場・見識を主張するように意識づけられた機会が幾度もあった。「ダンスダンスレボリューション」の会話は上記の体験の一環であったのだ。

 

国際バカロレア(世界九十カ国で採用されている大学受験資格)の取得を目指した授業環境においても、日本人としての意見あるいは主張を多く求められた。例えば、歴史の授業においては、日本の高校のように、まずは先生から教科書に従った時代背景・人物の説明等は一切せず、「先日配布した課題図書の内容についてどう思いましたか?」から授業開始である。第一次世界大戦から第二次世界大戦の時代のヨーロッパ情勢を中心に学習するため、多くのヨーロッパ人学生はそれぞれの出身国によって様々な見解を主張する。時には、ドイツ人対ポーランド人の見解が分かれ、議論が白熱しているところに、アメリカ人学生が間に入り、議論の整理を試みる姿をみて、「ミニチュア国連」に参加しているようであった。

一方で、私としても課題図書は読んだものの、議論に参加することができない場面が多々あり、先生からは良く「当時の日本の情勢はどうだったのか」等と話題をふられたりもした。日本から持参した山川出版社の「詳説日本史」を毎回熟読の上、日本の情勢について参加学生に対して説明をしていたことを覚えている。このように、多くの意見・見解から自分はどのように考えるか、といった「クリティカルシンキング」が自然に身についた。また同時に、日本人としての考えを強く求められる機会が多く、日本人としてのアイデンティティー形成あるいは将来の自分自身の人生設計を考える上でも大変役立った二年間であった。

 

話は前後してしまうが、上記体験に加え、UWCへ派遣前に経団連の事務局の方に、「日本人として母国に貢献できる人材になって帰国してきてほしい」と言われたのを今でも覚えている。UWC卒業後、私は京都の大学に進学後、現在日本の政府系金融機関で勤務している。進路を選ぶ上でもやはりUWCで受けた影響は大きく、日本社会に貢献できる仕事を中心に就職活動を行った。

東日本大震災後に仙台市で勤務することとなり、日々太平洋側の被災三県ならびに日本海側三県を回りながら、直接被害あるいは風評被害に遭われた観光業や製造業等の企業様と対話をしている。根本的なサプライチェーンあるいは宿泊客数の減少に伴い、補助金や報道関係で取り上げられる機会は多く「復旧」まではある程度たどり着いているものの、根本的な「復興」までの道のりは厳しい状況である。政府系金融機関の一職員として、あるいはUWCの卒業生として少しでも東北地方の復興に役立てるように取り組み続けていきたい。

現在の私の今までの短い人生を振り返った中でUWCでの経験は、私の将来設計に大きく寄与してきた。これからもUWCで強く感じた日本人としてのアイデンティティーを持ちながら、世界を活躍の舞台として、「日本人として母国に貢献できる人材」となるべく一所懸命取り組んでいきたい。また、今度ルームメイトのアメリカ人に出会ったときは、日本に関する共通の話題が「ダンスダンスレボリューション」だけとならないように、世界に対してアピールできるような日本社会の構築に向けてチャレンジしていきたいと思っている。最後にUWCへの留学という大変貴重な経験をさせてもらった経団連の方々、UWC日本協会の皆様には深く感謝を申し上げたい。

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二〇〇三年−〇五年、UWC-USA(米国)留学。

京都大学経済学部卒業。二〇〇六年、日本政府系金融機関入行。

二年間の本店勤務を経て、現在は仙台市で東北六県での法人営業に従事。