四半世紀過ぎ 進化し続ける体験〜乗松聡子(ピース・フィロソフィー・センター代表)

 私はカナダ・バンクーバーに住んでいる。ピアソンカレッジには日帰りできる距離にいる、幸運な卒業生の一人と言えるであろう。先日カレッジに行って日本の奨学生たちにも会う機会を得て、驚いたことがある。現在カレッジに在籍している学生たちは、自分が卒業した後に生まれた若者たちだったのだ。カレッジキャンパスにいる自分の感覚は1984年当時そのままなので、不思議だった。あの頃と比べ、カレッジの外観はいくつか建物が増えた以外にはほとんど変わらない。今でもカレッジに足を踏み入れるたびに錯覚に陥る。

英語もろくにできず、何も知らずにカレッジ生活を始めた、四半世紀前にタイムトリップしてしまう。例えば、寮のドアを開け閉めする独特の音を聞いただけでも、あの頃、夜を徹して友と話した後に自分の寮に帰ってきたときのことを思い出す。もうさすがに寝ようと思っていたのに、まだ起きている別の友に会い、洗濯室に座り込んで話し込んでしまったりした。夜の会話はお腹が空く。カレッジの売店で買ったクッキーをつまみながら話し、いつのまにか一袋食べてしまう。こんな調子で一年目に体重を10キロも増やしてしまった、他の多くの女の子たちのように・・・。
 

 こんな昔のことに思いを馳せているうちにはっと気づく。今40代になった自分がカレッジにいる。こういうとき否応なしに、「あの体験は今の自分とどう関係があるのか」という問いを自分に投げかける。答えは簡単だ。卒業後の25年間を振り返ると、「関係ある」なんてもんじゃない。私がこれまでやってきたこと、今やっていること、何一つとして、ピアソンカレッジに行っていなくてもやっていたであろうということはないと言える。仕事で留学プログラム運営し、異文化コミュニケーションを教えてきたこと、大学院でもう一度このブリティッシュコロンビア州に戻ってきたこと、夫と共にこの多文化都市バンクーバーの住民となり、カナダ生まれの二人の子を育てていること、今平和創りの事業に携わっていること等、全ての礎としてピアソンカレッジでの体験がある。
 
このように、ピアソンカレッジでの体験や今の自分とのつながりはたくさんあり、これから
UWCを目指す若者にどの部分を話したらいいかは難しい選択ではある。しかし敢えて一つ伝えるとすれば、日本の学校では教わらなかったことを多々教わったということである。一番衝撃的だったのは、戦争中の日本軍のアジア近隣諸国への加害について、ピアソンカレッジの友人たちから教わったことであった。一番の親友であったシンガポール出身のルームメイト、そして、フィリピンやインドネシア、中国出身の友人たちとの交流の中で、自分の歴史に対する理解は永久に変わった。戦争についての知識といえば広島長崎の原爆と、空襲被害以上になかった自分は、アジアには現代の世代に引き継がれた戦争時代の傷跡があることを知った。そして、彼ら彼女らにとっても、日本を否定的に捉えた教育を受けた後で、生身の日本人と友人になったことは新鮮で視野が広がる体験であったのだ。
 
こういった世界観の変容や成長に、ピアソンカレッジの、そして
UWCの教育の真髄があると私は信ずる。それは、私と同じような学びを皆がすべきだという意味ではない。その学びのプロセスについて言っているのだ。教育とは、学ぶ者の価値観や世界観を変化させ、成長させるような情報に敢えて触れる体験である。例えそれが痛みを伴うとしても。ピアソンカレッジがその名をいただく、故レスター・B・ピアソン元首相の言葉に、「人間同士が知り合い、理解し合うことなくしてどうして平和が在りうるのか」というのがある。ピアソンがこの理念を具現した教育の場が、ピアソンカレッジなのである。今年は、そのピアソンが、ノーベル平和賞を受賞した50周年にあたる。1956年のスエズ危機の際、国連緊急軍(現在の国連平和維持軍)を提唱し、大規模戦争を回避した業績を評価されたものだ。人間同士の触れ合い、異文化への寛容を通した教育を目指したピアソンの理念は卒業生の私の中に確実に生きている。
 
今年私は、平和と持続可能性のための学びの場を提供する団体をバンクーバーで設立した。アジアの若者が多く集まる地の利を利用し、未来のアジアの平和創りの拠点としたいと思っている。これから
UWC留学を目指す若者たちに伝えたい。日本出身であることを生かしながら、英語を知り、世界に目を開き、さまざまな価値観や世界観に触れていって欲しいと。いかに自分が何も知らなかったか、知った気になっていただけであったかということを、勇気を持って知りに行って欲しい。私もまだそのプロセスの最中である。そして何よりも大事なのは、生身の人間との触れ合いから学べることである。情報社会となった今、敢えて「留学」という体験を通してしか得られないものがあるとしたら、これに尽きるであろう。生涯の友を世界中に作って欲しい。それでは、Good luck and enjoy!  

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ピアソンカレッジ(1982-1984)

慶応義塾大学文学部卒業、ブリティッシュコロンビア大学(UBC)経営学修士。ピース・フィロソフィー・センター代表、UBC異文化コミュニケーションセンター講師。小学校4年の男の子と、幼稚園年長の女の子の母。カナダ・バンクーバー在住。