多様性の同化 〜小林恵理子(リリーフ・インターナショナル)

中学に入った頃からとにかく外国に出たかった。異文化に惹かれ、高校に進学した頃からは特に発展途上国の人々に触れたかった。「違い」や「他者」に対して自然と魅力を感じる人と感じない人がいると思うが、私は前者だった。UWCに行く人はおそらく皆そうだろう。異なる価値観や人生経験をもつ人たちに出会うことが、十代の葛藤の中で生じる(実存主義的な)疑問の答をさがす助けになるに違いないと漠然と考えていた。


1980年代前半には高校留学はめずらしく、留学といえば大学在学中に一年程度するのが普通だった。それも「体験留学」であって、学位を取るために海外に出る人はほんの少数だった。大学生ですらそうなのだから、ましてや高校で二年も留学し、日本の高校に戻らずに外国の卒業資格(UWCの場合はIB)を取得するなど、両親には考えられないことだったらしい。当初大反対だった母を一年がかりで説得し、最後まで納得しなかった父の反対を押し切っての留学になった。一緒に留学しようと言っていた親友は、両親の猛反対でUWCを受験させてももらえなかった。近年は事情が変わり、多くの日本人が高校時代からどんどん海外で学ぶようになっている。これは嬉しいことであり、彼らが親の反対という難関を通過せずにすむのは羨ましいかぎりである。

英語圏への留学ではなくイタリア校への進学を希望した。考古学者になりたくて、古代エジプトからローマ帝国までの遺跡がある東地中海世界は憧れの場所だったからだ。その頃ちょうどイタリア映画や文学に凝っていたこともある。英語とイタリア語両方が話せるようになるだろうから一石二鳥だ、などと安直に考えてもいた。「どうしてイタリアなのか」と周りから首を傾げられたが、考古学オタク少女だった私には、イタリアという選択肢があること自体がの魅力の一つだった。多くの留学制度と違い、UWCは西欧と北米の英語圏一辺倒ではない。私の頃もシンガポール校とイタリア校があったし、今では北欧・中米・他のアジア諸国と選択肢が広がっている。国際理解をつうじた多様性の許容、そしてその多様性の中での自己の位置づけの理解が留学の利点ならば、留学先も多様でよいのではないか。

在学中は、とにかくよく旅行し、時間をかけて友人と語らいあった。悪く言えば勉学を怠け、良く言えば多彩な世界を貪欲に吸収した二年間だった。富裕層とも接したし、貧困層とも交わった。ヒッチハイクとユーレイルでヨーロッパ中をまわった。憧れのクレタ島も旅したし、一人でエジプトにも行った。十代の女子高校生がそんなことをするとは危険そうに聞こえるが、実はそうでもなかった。UWCの生徒は世界中から来ているので、旅行先各地で同級生の家庭にご厄介になることができる。年少者の安全と懐具合を気遣ってくれる親代わりの人たちに守られながら冒険旅行をするという恵まれた状況だった。またこれは、短期滞在でありながら地元の視点からその土地を見ることができる貴重な機会にもなった。友人たちとその家族のホスピタリティには今でも感謝している。UWCだからこそ得られる経験だ。

様々な国から来た同級生と日々一緒に生活し、彼らの家族の世話になるうちに、生活習慣・考え方・自己表現方法などの違いが、「興味深いもの」から「親しみ深いもの」に変化する。自分と違ってもやはり馴染み深く感じるようになる。たとえ馴染み深く感じられなくても大概のことでは驚かなくなる。また逆に、自分が慣れ親しんだ環境を外の視点から見ることができるようになり、良かれ悪しかれ普通だと考えていたことが普通ではなく、実は多様な可能性のうちの一つだと思えるようになる。抽象的に言えば、差異が自己の一部となり、他者が完全な他者ではありえなくなる。

若い多感な時期にこのような感覚を少しでも覚え知ったことは、卒業後非常に役に立った。異文化研究の道に進み、大学・大学院時代にフィールドワークで南アジアに何度か長期滞在したが、現地の生活に比較的すぐ慣れた。アメリカの大学で教えていた時には、様々なバックグラウンドをもつ学生と接した。一流高校から一流大学にまっすぐ進学した優秀で恵まれた十代もいれば、若い頃大学に行くことができず何年も働いてから夜間大学で学位をとろうとする三・四十代もいた。異文化のことに無知無理解な学生もいれば、世界各地からの留学生と移民の子どももいた。扱いやすい学生もいれば曲者もいたが、常に動転せずクラスをまとめてこられたのは、UWC経験の基盤があったからだと思っている。

現在私は国際NGOで働いている。当然のことながら同僚は国際色豊かで、民族や文化の違いをすんなりと受け入れられる能力は仕事の最低必要条件である。しかし「他者が完全な他者ではありえない」という感覚は、国際的な職場で便利なだけではない。なぜ人道支援や開発援助をするのか。なぜこのような事業が拡大傾向にあるのか。それも慈善ではなく当然のこととして行われているのか。マクロに見れば、誰にでも尊厳を持って生きる権利があるという人権意識が浸透したことと、人とモノの移動により他国の安定が自国の安定にかかわる可能性が高くなったことが挙げられる。これを私個人のレベルから見れば、やはり他者が完全な他者ではありえず、格差をも含めた差異が自己の一部と感じられるからだ。学問界と教職を経て紆余曲折の末たどり着いたのは国際協力だったが、ここでもUWC時代に習得した下地が生きている。

「卒業生の声」の読者には留学を考えている人や寄付を検討している人もいると思うので、最後にUWC制度の優れた点をまとめておこう。まず、高校留学であること。大学・大学院の留学は専門の勉強に集中しなければならないが、高校時代には様々な体験を追及することができる。若いので順応も速い。第二に、国際学校であること。留学の意義を教育理念の中心にすえた学校に入るので、現地の普通学校へ入学するよりも格段に深く多様性を理解できる。第三に、留学先の選択肢が広いこと。非英語圏や発展途上国・中進国でも学べるので、より国際的である。そして第四に、留学期間が長いこと。一年目は新しい環境に慣れ、授業についていけるようになるのに精一杯という場合が多いUWC留学の醍醐味は二年目にある。留学を考えている読者には、UWCが生涯忘れられない経験になることを保証する。国際的な仕事に就いても就かなくても、必ず後々の助けになる。ぜび勇気を出して飛び立ってもらいたい。寄付を考えている方々にはUWCが素晴らしい制度であることを知っていただきたい。この制度をより多くの人に活用してもらえるよう、頭を下げてご協力をお願いする。

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アドリアティック・カレッジ(1983-1985)

東京藝術大学とテキサス大学オースティン校で民族音楽学、文化人類学、アジア研究を専攻。大学教員、貿易会社勤務を経て、2005年から現職。